スポーツの力で誰一人取り残さない。地域スポーツクラブをハブとしたアフリカ支援(A-GOALプロジェクト)
Africa United!コロナ禍で苦しむ人々へ食糧を届け、国を越えて愛をつなぐ
人類の起源とも言われる、アフリカ。広大な赤土の大地がどこまでも続き、地平線から真っ赤な灼熱の太陽が上り、群れる動物たちと大群の鳥がビクトリア湖の上で飛び交う…。
一方で、最近ではアジア諸国と比べても見劣りしない近代都市があり、人口増は世界的にも注目すべき数字です。そして今後、その数字はアジアを凌駕する可能性すらあります。
全IT化を国政として成し遂げる国々が現れ、女性議員の数が世界一多い地域もアフリカ。中には新しい仮想通貨を作り、100%のキャッシュレス化を目指している国もあります。
今や、アフリカは私たちの想像をはるかに超え、世界人口が80億人を超える2025年以降は、世界の重要な役割を果たす地域となるでしょう。
――COVID-19の感染拡大、パンデミック、ロックダウン、世界経済の危機……現在、これらの影響を受け、アフリカでは低所得者を中心に、日々の生活がままらなくなっています。
この状況に対して「スポーツの力」を活かして人々の生活を支えようと立ち上がったのが「A-GOALプロジェクト(ローカルスポーツハブ支援プロジェクト)」です。
そして、このプロジェクトを立ち上げたのが岸卓巨。
岸がケニアをはじめて訪れたのは、2011年。当時26歳だった彼は、大手企業を退職し、JICAの青年海外協力隊(JOCV)として、世界へと飛び立つ決断をしました。
一度の人生、言葉も文化も異なる国で生きる人々の役に立ち、これまでの価値観を打ち消すほどの経験をしたかった。純粋に自分を世界で試したかったのでしょう。
誰もが、他人の役に立ちたい、価値ある存在でありたいと願うのは自然なことです。しかし、もし、彼が日本で生涯を終えれば、自身の本当の存在価値に気が付くことはなかったかもしれません。
アフリカへわたる時、すべてを一度投げうってしまうことに対して恐怖や不安もあったはずです。しかし、誰も知らない地域で、誰かの役に立つことができると、自分を信じてみたかった。
そう、26歳だった彼は、「今」という瞬間を存分に生き、ケニアの人々のように毎日を噛みしめて生きてみたかったのです。会社と自宅を往復する日本の生活から離れ、命の重み、大切さ、それを日々感じたかった。そして勇気を振り絞りアフリカにわたることで、彼は自分を含む、どんな命にも重みがあり、大切であることを身をもって知ることができたのです。
だからこそ、その命を、自分の信じる活動に燃やしていたい。自分の良心に従い、人のために、少しでも世界の役に立つことで、まさに日々生きている実感を感じさせるのだと、岸であればそれを知っているはずだ。
そして今も尚、岸卓巨は、まだまだ人の役に立ちたいと願う。よどみないアフリカの子どもたちの瞳に触れ、岸も、そして、僕たちも、そのよどみない気持ちに従い、威風堂々と、胸を張った人間として生きたいのだと思う。今、岸を中心に立ち上げた「A-GOALプロジェクト」は日本国内外から集まった70名以上のメンバーによって運営されている。
僕らはこの岸の活動を、岸を取り巻く仲間たちを心から応援したい。多くの人が、澄んだ気持ちでこのストーリーを受け止め、本プロジェクトへ支援をしていただけることを心から願う。
NPO法人SPINプロジェクト 理事長 Toshi Asaba
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2020年5月16日、「A-GOALプロジェクト」が岸卓巨とその友人たち、約20名によって立ち上がった。それから、1ヵ月。このプロジェクトに共感し、多くの人々が運営に参加するようになった。現在、プロジェクトメンバーは約70名。寄付者も50名を超えている。
プロジェクトのキックオフから1週間でケニアでの「地域サッカークラブ」をハブにした食糧支援・感染症予防支援は開始され、既に155世帯(798名)に2週間分の食糧(米・ウガリ粉(ケニアの主食)・砂糖・塩・油など)と石けんなどの感染症予防の支援が行われた。
しかし、現地では感染者数が日を追うごとに増えており、6月19日現在で感染者数は275,327名。死亡者数は7,395名(Africa CDCによる発表)。毎日10,000人近くの新規感染者が発表されている。
手遅れになる前に、救える生活・救える命に手を差し伸べたい。
「経済的な豊かさ」と「心の豊かさ」は必ずしも比例しない
いわゆる「開発途上国」を訪れ、「貧乏」とされる国や地域の人々の心の豊かさに、はっとさせられたことがある人も多いだろう。そんな時、資本主義社会における「貧しさ」の定義に疑問を感じるかもしれない。
例えば、プロジェクトメンバーである大学一年生の石丸泰大氏は、ケニアでの体験をこう語る。
学生のうちに海外を知りたいとケニアを訪れた彼は、現地のサッカーチームで練習をする中で、ある指導者と打ち解けあい、ある日、彼の家に遊びに行くことになった。
彼の家に近づくにつれ、石丸氏は少なからず動揺したという。普段からサッカーを教え、これまでサッカー仲間として接してきた彼の家は、アフリカ最大とも言われるキベラスラムの一角にあった。密集する家々は土壁とトタン屋根でできており、いまにも崩れ落ちてしまいそうな家も少なくない。
(スラム街の様子)
しかし、何より衝撃だったのは、彼の暮らしではなく、金銭的な豊かさがない中でも他人を思いやり、努力を続ける、友人の姿勢だった。
彼は、ただのサッカー指導者ではなく、学校を建て、地域や子どもたちへのサポートを積極的に行っていたのだ。
(中央:石丸氏 左:石丸氏の友人)
岸は「経済的な豊かさ」と「心の豊かさ」の関係についてしばしば考えるという。
そのたびに目に浮かぶのは、「貧しい地域」でも、必死にボールを追いかけ、強いコミュニティの中で互いを支えあいながら生きる人々の姿だ。
自身の生活が苦しくても、自分よりも困っている人を見れば、相手を優先して食料を提供し、支援を辞退することすらある。
「貧しさ」とは物理的なものではない。彼らは「心」という目に見えないものを、とても豊かに受け取っていると思う。
ロックダウンが人々にどんな影響を与えたか
(COVID-19対策にマスクをつける人々)
しかし、今、そんなケニアの人々も、COVID-19の感染拡大に伴い、厳しい状況に置かれている。ケニアにおいては現在もロックダウンが解除されず、多くの人が失業の最中にあるのだ。感染者数の増加など、「感染そのもの」の被害よりも、ロックダウンなどによる二次的な被害のほうがはるかに大きい。
今回、一つ目の支援先となっているケニアの首都、ナイロビの西部にあるカワングワレスラムには30万人以上が暮らしており、住民の多くが一日1ドル以下の生活をしていると言われている。
これまで、住民の半数以上は近隣の高級住宅地域に趣き、警備員や家政婦、クリーニングといった職により生計を立ててきたが、4月上旬にロックダウン政策がスタートしてから、状況が一転した。
高級住宅街の人々は家のシャッターを下ろし、スラム街から働きにきていた人々は次々と解雇されたのだ。
(生活風景。これからの生活に、不安が隠せない)
職を失った彼らに残された道は、ひたすら耐えることだった。
政府からの支援もあったが、実際のところ、地域の管理者が、政府から届いた物資を、自身の親族や近隣住民に優先して配布してしまうことは少なくない。こうした事情もあり、支援が末端まで行き届いていないのが現実だ。
いつ元の状態に戻り、職を得られるのか.…。
見通しが立たない状況のなか、最後の砦として、生活にはかかせない携帯電話を売る人も続出した。意外に思う人もいるかもしれないが、アフリカの各国、特にケニアでは携帯端末による送金システムが発達しており、ほとんどの人が携帯電話をもっている。
スラムでは、現金を持ち歩けば強盗に遭い、場合によっては命を落とす危険性もある。こうした問題を解決したのが携帯端末の送金システムで、そうした意味では、スラム街に生きる人々にとって、携帯電話は命綱とも言えるものだ。
しかし、明日の食料を買うこともままならなければ、その携帯電話すらも手放さざるを得ない。ある家庭では、住んでいるバラックのブリキの壁をはがし、それを売って命をつないでいる状況だと言う。
そんなケニアの状況を知り、自分がやるべきことを考えていたとき、一本のメッセージが岸のもとに入った。それは、彼が2011年にケニアで活動を開始した時からの友人、カディリ・ガルガロ氏からだった。
「タクミ、あなたの力が必要です。いま動かなければ、取り返しが付かないことになってしまう」
スポーツ(サッカー)は最高のコミュニケーションツール
——アフリカの大地は、石油やレアメタルをはじめとした豊富な資源を有し、「ラストフロンティア」とも呼ばれる。各国が多額の開発資金を投じており、ケニアもその例外ではない。中心地では高層ビルの建設や道路の増築が進み、街の様子は、先進国に引けを取らない。
しかし、その一方、格差は急激に拡大し、スラムも増えた。都市部の開発のため、何万人もの人々が強制的に追いやられ、住処を失ってしまったのだ。そして、スラムに暮らす子どもたちは、犯罪に走ったり、家庭環境が理由で家出したりすることも少なくない。
本プロジェクトの発起人である岸は、2011年から2年間、青年海外協力隊として、そんな子どもたちを保護する児童鑑別所のような施設、リマンドホームで活動した。彼のミッションは、そこの子どもたちに、学習やスポーツ指導を通じたケアを行うことだった。
(グランドで休む子どもたち)
当時、施設の子どもたちは勉強や運動に没頭するでもなく、時間を持て余しているようだった。施設のスタッフたちといえば、「子どもたちが逃げ出さない」ことが重要であり、肝心の子どもたちを犯罪から遠ざける教育指導などに注力している様子もない。
暇を持て余す子どもたちの横で、スタッフはただ新聞を読み続ける…。
そんな光景を見て、彼はスタッフを巻き込みながら、子どもたちが有意義な時間を過ごすにはどうしたらいいのかと考え始めた。
何かを強制してやらせるのではなく、彼ら自身が喜んで、楽しめるものはないかー。
そこで思いついたのが、「スポーツ」だった。
(子どもたちにサッカーを指導)
スポーツ(サッカー)は、言葉を、国境を、文化を越えることができる、最高のコミュニケーションツールだ——そう確信した時、彼の中で「スポーツを通した国際協力」の可能性についての考えが芽生えた。
世界各国でも通用するスポーツ(サッカーやバスケ、野球等々)があれば、各国の人たちと交流が可能であり、スポーツを通じて信頼関係を築ければ、その土地の課題を知り、解決に向かって進むことができるのではないか。
(子どもたちにゲームを通じたワークショップ開催)
リマンドホームでスポーツの時間を導入してしばらくすると、施設の雰囲気は変わっていった。施設には10歳~18歳までの子どもたちが集まっていたが、お互いの身体能力をカバーし合いながらスポーツに取り組み、応援の声を掛け合うことで、子どもたちの中で信頼関係が育っていった。
また、適度な運動を通じて健康状態も向上していき、いままで地面に座ってただぼうっとしていた姿がまるで嘘のように、空いた時間を通じて運動に励む子も出てきたのだった。
施設は一時的に子どもたちをただ保護するだけの場所ではなく、人生の大切な時間を彩る場所として変化していき、子どもたちのケンカなども減っていった。
子どもたちの居場所としてのスポーツクラブ
(スポーツクラブの子どもたち)
子どもたちが有意義に時間を過ごせるようになったのは、うれしい変化だったが、まだ、現地にいる間に解決したい、重大な課題が残っていた。
それは、施設を出た後、何度も戻ってきてしまう子どもたちのことだ。
子どもたちが施設に戻ってしまう理由は、落ち着ける家庭環境や、困った時に頼れる場所がないことにある。
本来、子どもたちは、地域というコミュニティのなかで、家庭・行政・学校・警察などさまざまな大人たちによって見守られることが必要だ。
しかし、ケニアのように、政府や警察の汚職が日常のこととなり、十分に頼れない環境の中で、子どもたちがサポートを受けられない場合、子どもたちの拠り所となるコミュニティを住民自らが作らなければならない。
その中心的な役割を担っているのが、地域のサッカークラブだった。岸と地域サッカークラブが手を取り合うことによって、リマンドホームを出所した子どもたちの居場所が地域の中に創られた。
(サッカーを練習するスポーツクラブの子ども)
スポーツの強みは、老若男女関係なく、誰もが参加し、楽しめることだ。
サッカーの試合が行われるときには、地域中から人々が集まり、一体となって応援する。試合会場は、人々が地域の中に友人をつくるきっかけにもなる。
しかし、彼らが行っている活動はサッカーだけに留まらない。
地域を支えるスポーツクラブ
(左:カディリ氏 右:岸 卓巨)
カディリ氏は、2009年、カワングワレのスラムに「メインストリーム・スポーツ・アカデミー(以下MSA)」というスポーツクラブを創出した。
彼はケニアでも最高峰のサッカーリーグ、「ケニア・プレミア・リーグ」の元選手だった。一流の選手として活躍した後、培ったノウハウを現地の子どもたちへ還元し、選手の育成をしようと考え、MSAを立ち上げた。
(MSAに所属する子どもたち)
現在、MSAに所属する子どもたちの数は150名まで拡大し、カディリ氏の他5名のコーチが運営に携わっている。日本でいう「NPO法人(ケニアではCommunity Based Organization(CBO)という)」の資格も取得した。
MSAは、子どもたちにサッカーを教えているだけではない。スラムという地域の特性上、貧困に負けて犯罪に走ってしまう子どもたちに対し、スポーツを通じたモラルの育成や、地域をより良くするための活動も行っている。
例えば、地域の清掃活動や、子どもたちの就学支援、地方行政と協力し、10代の若者たちを対象としたドラッグや犯罪を防止するための啓蒙イベントなども開催した。
こうした活動は、地域住民への理解も深めた。コミュニティのつながりは子どもたちとその家族、友人や知人、学校関係者、地域のNGOなど様々に広がり、信頼を寄せられている。
本当に必要な支援を、本当に必要とする人の元へ
現在は、A-GOALプロジェクトでは、MSAが地域のハブとなり、カワングワレスラムの人々へ必要な物資を届けている。
(ボランティアとして地域の人々が参加し、物資を届けている)
MSAのメンバーは、プロジェクトからの支援金が集まると、地元のネットワークを活かして、地域の人々へ聞き込みを始める。
そこで生活に困っている家庭があると聞けば、訪問の上、話を聞くという活動を続け、5月末には、優先的に支援すべき50世帯へ対し、食料や衛生用品などの支援物資を届けた。
サッカーグラウンドの近くに住む高齢女性は、一人暮らしで情報入手も困難な状況。支援物資を届けたさいには、「政府からも見捨てられ、食べるものもなく、お腹を空かせていた。本当にありがとう」と、涙を流しながら喜んでくれた。
また、7人家族の母子家庭に暮らす母親は、3月までカワングワレスラム近くの高級住宅地域、ラビントンで庭師として働いていた。しかし4月からカワングワレでも多くの感染者が発生したことにより、感染を疑われた彼女は解雇された。
感染していないことを証明できれば仕事は継続できたが、PCR検査は4000ケニア・シリング(約4000円)~1万ケニア・シリング(約1万円)もかかり、到底、彼女に払える額ではなかった。MSAは彼女の状況について詳しく話を聞き、支援物資を届けた。
未だ、支援を必要としている人々は後をたたず、カディリ氏も、これまでの支援に感謝を述べる一方、継続的な支援の必要性を切実に訴えている。
「今回、後回しにした家庭には、まだ支援が届けられていません。女性用の生理用品も足りておらず、今後も支援を続けるために、ぜひ皆さんに協力してほしい」
(2020年6月17日 朝日新聞で活動が取り上げられた)
今回の支援は、MSAが築いた地元とのネットワークや、深い信頼関係があってこそ、可能になったことだ。多くのボランティアの人が無給で活動する様子には、「みんなで支えあいこの状況を乗り越えよう」という想いがあふれており、現地を訪れられない中でも、胸が熱くなる。
今、この支援を絶やしてはならない。日本からアフリカへ、世界各国からアフリカへ渡った思いやりの心は、これからの未来を、一層、明るい方向へと導いてくれるはずだ。
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A-GOALプロジェクト発起人:岸 卓巨(きし・たくみ)
大学時代に「世界一幸せな国」バヌアツ共和国で村人を対象としたサッカーイベントを主催。「経済的な豊かさ」と「心の豊かさ」の関係性に興味を持ち、開発途上国での活動を始める。2011年からは青年海外協力隊としてケニアに赴任。児童保護拘置所でさまざまな境遇の子どもたちに対して、スポーツや基礎学習のプログラムを提供しながら、サッカークラブを設立。スポーツを通した社会課題の解決やコミュニティー形成に取り組む。現在は、日本アンチ・ドーピング機構(JADA)にてTOKYO2020に向けたレガシープロジェクトを企画・実施しながら、NPOサロン2002の事務局長として国境や性別、年齢などの差を超えた「スポーツを通した“ゆたかなくらし”」づくりに従事している。
A-GOALプロジェクト:
頭文字の「A」は、アフリカの「A」。アフリカの地域スポーツクラブをハブ(拠点)に本当に支援が必要な地域住民への食糧支援・感染症予防支援を実施している。メンバーはプロジェクトの趣旨に賛同した約70名(2020年6月19日現在)。スポーツ関係者(指導者・クラブ運営者・ジャーナリストなど)、アフリカ・海外在住者(ケニア在住・ザンビア在住・シエラレオネ在住・イタリア在住)、オンラインサロン「アフリカクエストイノベーションハブ(AI-HUB)」メンバー、JICA青年海外協力隊(OBOG、一時帰国中、派遣待機中)、国際機関、NGO職員、JICA職員、学校教員(高校・大学)、大学生、高校生、民間企業社員、弁護士など。オンラインでのミーティングやコミュニケーションツールを活用し、支援実施のためのアフリカ現地との調整や広報活動を行っている。
公式ホームページ:https://a-goal.org/