私たちは、何も、しらない。世界のアパレル界を支える私の国の現実

私たちは、何も、しらない。世界のアパレル界を支える私の国の現実

私たちは生まれながら、あなたたち先進国を支えてきた。今度は、あなたたちの番だ。今、私たちには心ある行動が必要です。縫製工場の現実と、エシカル消費の未来を共に歩みだそう!


私のお父さんは、3年前に亡くなった。


夢を追うことを応援してくれたお父さんは、私にとってのヒーローだった。誰よりも私を愛してくれ、私の教師だった。私の肌は茶色で、ヘアカラーは漆黒。目の色は栗色。そんな私をいつも誇りに思ってくれ、そして勇気づけてくれた素晴らしい人だった。


遠い異国の地、私の憧れ、私の未来、私とお父さんの夢、それが日本だった。その日本に行くことを誰よりも賛成してくれて、私を日本へ送った後、最愛の人、お父さんは亡くなってしまった。もう、私を勇気づけてくれ、私に自信を与えてくれたあの人はいない。

私は独りぼっち。私はどうしたらいいの? この後、一人で異国の地で、大学を卒業して、その後、私は、どんな人生を歩めばいいの? ねえ、お父さん、私に教えて。私の未来を示して。


今、つらい思いをバネにして乗り越え、私の知る世界は大きく変わりつつある。政治・経済、何もかもが混とんとする母国のために、公務員として行政で働いた私のお父さん。政治が信頼できないということで、まだ政情不安定な中、市民や国の未来の発展のために一切の汚職もせず、まっとうに働き続け、文字通り命を尽くしていた姿を私はずっと見ていた。なぜ、あそこまでまっすぐに生きようとしていたのか。


その想いを、今の私は理解できる。貧富の格差や、街の衛生問題、豊かな暮らしではない中で、まっとうに生きることは本当に大変だ。けれど、誰かが責任を果たさなければ社会は安定しない。誰かが模範となり人としての生き方を示さなければならない。私の父は、まさに責任を果たせる立派な人だった。私は、その父の魂を正当に受け継いでいるのだ。私は、私の命の責任を感じる。この先のすべての行動に、私は、自分の命を全力疾走で駆け抜けていかなければならないと感じている。


アジア最貧国といわれ、二度の独立を経て、1971年に建国された若い国。経済を支えてきたのは農業だった。それ以外、特出した産業もなく世界的にも貧困国という烙印が押された。そう、1980年代、縫製産業が国全体の経済を跳ね上げる起爆剤となるまでは。


縫製産業が盛んとなると、近所の全員が工場で働くようになった。毎朝、土埃が朝日に照らされ舞い上がり、ダストに包まれた人々の慌ただしい声やエンジンの音がよく響いていた。道路を自転車や車、人や牛が往来し、みんな活気に満ちた様子で職場に向かっていく――それが街の日常的な風景だった。

あの慌ただしい街並み、車や自転車は道路を埋め尽くし、その脇では建設ラッシュが進み、街は西の国々、東の国々のための縫製工場と化し、人々はそれを糧として、未来は必ずもっと豊かになると信じていた。そんな、貧しくとも希望に溢れんばかりのエネルギーに満ちた街だったのだ。そこで生まれ育った私は、当時の人々の生き生きした姿を今でも忘れられない。

街中にあふれる子供たちの笑顔と笑い声、街の真ん中を流れるトゥラグ川、その周辺に集まるスラム・・・すべての人間模様が、その後ろに広がるオレンジの太陽の色にまどろむ幻想郷、貧しく苦しいが人と人が支え合う心を織りなし、温め合う幸せな国。私の故郷であるその国は、今や既製服産業の生産地のメッカとなった。既製服産業、つまり、世界のアパレル界の縫製部門を支える柱、縁の下の力持ちへと変貌を遂げていった。


――2020年3月24日、突然、世界にCOVID-19の波が押し寄せた。街はロックダウンされ、2か月もの間すべてが止まった。そして今もなお、そのすべてが止まっている。


COVID-19の影響で、全世界からトータルで31.8億ドルの注文がキャンセルになり、179もの縫製工場が閉鎖された。70,000人が仕事を失い、ご飯も食べられないような困難な状況に陥っている。特に、私が産声を上げた地域ミルプール周辺に住んでいる多くの人々が縫製工場で働いていたが、日本をはじめとする先進国諸国からの注文がすべてキャンセルされてしまった。そう、たった二か月で、10億枚もの服がゴミと化したのだ。

結果、COVID-19というパンデミック状況下で、多くの人々が職を失い、家族を養う術を失ってしまった。今、文字通り生まれ故郷はカオス。私は、私にできることをしたい。私に放っておけるわけがない。私のお父さんが守り続けてきた母国の人々を、今、助けるために動き出すべきは私なのだと直感する。私の中に流れる父の血が、私を突き動かすのだ。母国のために私は立ち上がりたい。

日本よ、世界よ、どうか力を貸してほしい。私たちは、あなたたち先進国の人々が、安くオシャレな洋服を買うために、一生懸命がんばってきたのだから。


私は母国を救いたい。そして、その先は、世界にエシカル消費を進めていきたい。今の私の心にあるのは、日本の大学で学んだ知識と経験とスキルを活かし、父と母から授かった使命を果たしたいという強い願い。

バングラデシュ人の女性として生まれた私は今、26歳。この活動を行うことで、この先、何が私たちを待ち構えているのか、どんなことが起こるのかがとても怖い。けれど、この一心が、私に世界の中心となって活動することへの、覚悟を与えてくれる。







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