“声を持たないヒーローたち”が世界の舞台へ

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〜デフリンピックへの挑戦〜

『ネパールのデフ柔道を、未来へ残すために』



これまで、デフ柔道の活動におけるコーチ費用は、すべて私個人が負担してきました。

まだ始まったばかりのデフ道場で本当にネパールの社会に還元できるか、
継続できるか100%と言えない中で、誰かに資金をお願いするのは違うと思ったからです。

ただ、ネパールのデフの子供達の可能性を信じ、
目の前の練習、目の前の大会、目の前の子どもたちを止めないために、必要な選択でした。

結果、デフリンピックにネパールから初の出場。
子供達の精神的成長も目覚ましいものと今は確信持って言えます。

なので、
活動を「一時的な善意」で終わらせず、永続的な仕組みとして残すためには、
次のフェーズへ進む必要があります。

それが、コーチ陣への継続的な支援です。



『サンジットという指導者の存在』


サンジットは、ネパール警察に所属しながら柔道を続け、
国内チャンピオンも10年連続で輝いた実績を持つ柔道家です。


年齢を重ねる中で、

「これからは指導者として柔道に人生を捧げたい」

と相談を受け、彼をデフ柔道の指導者の道に勧めました。

特筆すべきは、彼がネパール手話を一から学び、
手話で直接指導できるコーチであることです。

通訳を介さず、畳の上で、視線と手話で伝わる技術と想い。
それは、ろうの子どもたちにとって、初めて出会う「本当に通じ合える指導者」でした。



『世界が驚いた、ネパールのデフ柔道場』


先日、デフリンピック日本代表バスケットボールチームのコーチである大塚さんが、
ネパールのデフ柔道場を視察するために来日してくださいました。


その際、大塚さんはこう語っています。

「これほど、デフの子どもたちだけで統率が取れ、
自然に運動が成立している施設は世界的にも非常に珍しい。
少なくとも、日本には存在しません。
このネパールのデフ道場は、日本が学ぶべき施設です。」

この言葉は、私たちが積み重ねてきた日々が、国境を越えて評価された瞬間でした。

ネパールで生まれたこの取り組みは、支援される対象であると同時に、
世界に示すモデルでもあります。


『ススマという、新しい希望』



前回の東京デフリンピックに出場したススマも、今回から補佐指導者としてチームに迎えたいと考えています。

かつては教えられる側だった彼女が、今度は教える側として畳に立つ。
その姿そのものが、子どもたちにとっての未来像になります。
競技者が、指導者になり、次の世代を育てる。
この循環こそが、デフ柔道を「文化」として根付かせる力だと、私は確信しています。



『目指すのは、デフリンピックのその先』


私たちの挑戦は、デフリンピックだけに留まりません。

デフ柔道の世界大会、アジア大会へと舞台を広げ、
ろうの子どもたちが、柔道を通じて輝ける場所を、確実に増やしていきたい。

資金が集まれば、今後新たなネパールのデフ柔道場を建設する計画も立てています。
現在の候補地はカブレデフスクールに新たな道場を作れないかと話しも進んでいます。

多くのネパールの埋もれていた才能が、この道場で花開きます。
そのためには、才能だけでは足りません。

継続的に指導できるコーチという「土台」が不可欠です。


『あなたの支援が、未来を支えます』


今回お願いしたい支援は、
サンジット、そしてススマが、安心して指導に専念できる環境をつくるためのものです。

それは、誰か一人を助ける支援ではありません。

デフ柔道そのものを、未来へ残すための支援です。

畳の上に、夢が咲き続けるように。

その根を支える存在として、どうか力を貸してください。